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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)442号 判決

原告(反訴被告) 中西国二

右訴訟代理人弁護士 里見弘

被告(反訴原告) 玉谷元一

右訴訟代理人弁護士 寺崎健作

主文

一、原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二、原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、別紙物件目録(一)記載の土地について、昭和三八年七月二五日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三、訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(本訴につき)

一、原告(反訴被告。以下原告という。)

1 被告(反訴原告。以下被告という。)は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和四五年九月二七日から右明渡ずみまで一か月金八、七八〇円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二、被告

1 主文第一項と同旨。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴につき)

一、被告

1 主文第二項と同旨。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二、原告

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告の本訴請求原因

1  原告は、昭和三八年七月二五日被告に対し、原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を左記約定で売り渡した。

(一) 売買代金 一一〇万三、四〇〇円

(二) 被告は、右代金を昭和四五年七月二五日までに、適宜分割して原告方に持参して支払う。

(三) 右代金の利息は年六分とする。

(四) 原告は、被告が右代金を完済するのと引き換えに、被告に対し本件土地につき所有権移転登記手続をする。

(五) 被告が期限内に右代金を支払わないときは、原告は催告なしに直ちに契約を解除することができる。

(六) 原告が右契約を解除したときは、被告は、本件土地上に所有している別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を収去して、本件土地を明渡す。

2  被告はその後代金の内金二〇万円を支払ったので、残代金は金九〇万三、四〇〇円となった。

3  原告は、代金支払期日である昭和四五年七月二五日、その自宅において、本件土地の所有権移転登記手続をするために必要な準備を完了して現実の提供をし、被告からの右残代金の支払を待ったが、被告はその支払を怠った。

4  原告は、同月二六日被告に対し、口頭をもって、残代金の支払を求めたが、被告が応じないので、その場で本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

5  本件土地の賃料は一か月金八、七八〇円をもって相当とする。

6  よって、原告は被告に対し、前記特約に基づき、本件建物を収去して本件土地の明渡を求めるとともに、解除の日の後である昭和四五年九月二七日から右明渡ずみまで賃料相当の一か月金八、七八〇円の割合による損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  請求原因3のうち、被告が支払期限内に代金の支払を怠ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因4、5の事実は否認する。

三、被告の抗弁

原告のなした契約解除の意思表示は信義則に反し無効である。すなわち、被告が代金支払期限を徒過したのは、その期限が相当長期間と定められていたことから、うっかり失念していたためにほかならなかった。そこで、被告は期限徒過に気付くや、直ちに昭和四五年七月三一日、残代金九〇万三、四〇〇円、利息金四六万三、四二八円、以上合計金一三六万六、八二八円を原告方に持参して現実の提供をしたが、その受領を拒絶されたので、同年八月一三日右金員を弁済供託した。そして、被告は昭和二六年以降本件土地上に本件建物を所有し、家族とともにこれに居住して印刷業を営んでいるのであり、いま本件建物を収去して本件土地を明渡さなければならないとすれば、その生活の本拠を失い、著しい損害を被ることとなる。かような事情からすれば、本件売買契約に無催告解除の特約があるからといって、原告が隣接地に居住しながら従来一度も被告に代金の支払を促すこともしないで、わずか六日間の期限の徒過を理由に、被告の提供した残代金の受領を拒絶し、解除権を行使することは、被告を不当に害することとなり、信義則上許されない。

四、抗弁に対する原告の答弁

被告が昭和四五年七月三一日残代金を受け取るよう申し入れてきたが、原告がその受領を拒絶したこと、被告が本件土地上に所有する本件建物で印刷業を営んでいることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件売買契約における代金支払期限は、当初は五年先の昭和四三年七月二五日と定められ、また、三年先の昭和四一年七月二五日までに銀行積立(月掛)の方法で代金の内金二〇万円を支払う約定であった。ところが、被告は、昭和四一年七月二五日になっても、金一五万円を積立てただけで、しかも昭和四三年七月二五日までにとうてい代金を完済できる見込みがないから、期限を延期してくれるよう懇請するので、原告は被告に同情し、昭和四一年七月二五日、右期限を昭和四五年七月二五日に延期し、その代り、期限徒過の場合に無催告で契約を解除することができる旨の特約をしたのである。従って、被告は一度延期した支払期限を再度徒過したのであるから、原告の解除の意思表示は信義則に反するものではない。

五、右に対する被告の主張

売買代金の支払期限が当初昭和四三年七月二五日の定めであったが、昭和四五年七月二五日に延期されたことは認めるが、その経緯については否認する。

六、被告の反訴請求原因

被告は、昭和三八年七月二五日原告から、本件土地を本訴請求原因1記載のとおり買い受けた。

よって、被告は原告に対し、本件土地について右売買を原因とする所有権移転登記手続を求める。

七、反訴請求原因に対する原告の認否および抗弁

反訴請求原因事実は認めるが、本件売買契約は解除された。その経緯は、前掲一、本訴請求原因、四、抗弁に対する原告の答弁に記載したとおりである。

八、右に対する被告の主張

原告の売買契約解除は無効である。その経緯は、前掲二、請求原因に対する被告の認否、三、被告の抗弁に記載したとおりである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本訴請求原因1、2の事実および被告が代金支払期限である昭和四五年七月二五日までに売買残代金の支払を怠ったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、原告は、代金支払期限である昭和四五年七月二五日までに、司法書士に依頼して本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類の作成等の準備をしたうえ、前同日自宅において、被告から残代金が提供されればいつでも右登記手続ができる状態で、被告の提供を待ち受けたが、前記のとおり残代金の提供がなかったので、原告は松岡政一に対し、本件売買契約解除の意思表示を被告に伝達するよう指示し、松岡は右指示に基づき、同月二九日被告に対し口頭で、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる。≪証拠判断省略≫

三、そこで、右契約解除が信義則に反するかどうかについて判断するに、≪証拠省略≫を総合すれば、次のように認められる。すなわち、

原被告間で本件売買契約が締結されるに至ったのは、本件土地およびこれに隣接する大阪市天王寺区餌差町一番六の土地はもと宗教法人心眼寺の所有で、昭和二六年ころ原告がこれら両土地を賃借し、右土地のうち一番六の地上に建物を所有してこれに居住し、被告は原告から本件土地を転借し、その地上に本件建物を建築してこれに居住し、印刷業を営み(被告の居住、営業の点は当事者間に争いがない)、原被告がそれぞれこれらの土地を使用していたところ、昭和三八年になって心眼寺からこれらの土地を買い取るよう申込みがなされたことから、原被告は協議のうえ、原告が心眼寺からこれら両土地を一たん買い受けたうえ、改めて本件土地のみを原告から被告に同条件で売り渡すこととなり、同年七月二五日心眼寺と原告との間で右両土地の売買契約が締結されたのに伴い、同日原被告間でも本件土地について同じ条件で売買契約がなされるに至った。ところで、当初の約定では、売買代金の支払期限は五年先の昭和四三年七月二五日までとされ、それまでに適宜分割して支払うことと定められ(心眼寺と原告との間の売買契約においても同様)、その方法として三年先の昭和四一年七月二五日までに銀行に月掛で積立をして内金二〇万円を支払うことなどが約されていたが、昭和四一年七月二五日までに被告は金一五万円を積立てたのみで、同日右代金支払期限はさらに二年間猶予され、前記のとおり昭和四五年七月二五日までと延期された(代金支払期限が当初昭和四三年七月二五日の約であったのが右のとおり延期されたことは、当事者間に争いがない。)(なお、右支払期限の延期が被告からの懇請に基づくものであることを認めるにたる証拠はなく、かえって、原告が心眼寺から本件土地および前記一番六の土地につき所有権移転登記を受けたのが昭和四五年六月三〇日であることに照らせば、原告が心眼寺に代金の支払を完了したのもそのころであり、心眼寺と原告との間の売買契約における代金支払期限も同様にそのころまで延期されたものと思われるから、右支払期限の延期を被告の側のみの事情に基づくものということはできない)。その後、昭和四三年ごろまでに被告は右金二〇万円の積立を完了し、原告は前記のとおりその支払を受けたが、それ以後は、被告は、原告とは隣同志の心安い間柄であることに甘え、原告から支払の督促がないのをよいことに、かつ、資金的にも余裕がなかったことなどの事情から、何らの支払をしないまゝ代金支払期限を失念し、遂にこれを徒過してしまった。そして、被告は、前記昭和四五年七月二九日松岡からの申出により初めて期限徒過に気付くや、直ちに金策に走り、残代金九〇万三、四〇〇円、約定利息金四六万三、四二八円、合計金一三六万六、八二八円を調達し、同月三一日原告方にこれを持参して提供したが、その受領を拒絶され(受領拒絶の点は当事者間に争いがない)、次いで被告は同年八月一三日右金員を弁済供託した。

かように認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によって考えるに、本件売買代金は昭和四五年七月二五日までに適宜分割して支払う約であったのに、被告は昭和四三年ごろまではともかく、それ以降は分割支払を全くしないで放置し、右支払期限を失念してこれを徒過したのであるから、その態度にいささか誠実さに欠ける点があり、同情の余地はないといえなくもない。

しかしながら、原被告は互に隣同志の心安い間柄であり、本件土地は、原告が一たんは心眼寺から買受けたとはいうものの、原告自身がこれを必要としていたわけではなく、被告がその生活の本拠たる本件建物の敷地としてどうしても確保したい土地であることは、原告としても熟知していたところであって、しかも原告自らは、右期限の多少以前から被告に対する所有権移転登記に必要な準備を整えて、被告からの代金の支払を待ち受けていたというのであるから、もしも原告に、右期限到来の直前にでも、被告に対し代金の支払を促すなどの一挙手一投足の労をとる親切心があったとすれば、被告は期限を徒過することなく代金を完済し得たかも知れなかったわけである。ところが、原告は、右のような一挙手一投足の労をとることなく、被告が期限を徒過するや直ちに売買契約解除の意思表示をし、被告が期限徒過に気付き、これを徒過することわずか六日目に残代金と約定利息を現実に提供したのに対し、これを受領することに特別の不都合でもあったのならともかく、そのような事情もなかったのに、単に期限徒過後であるという一点のみでその受領を拒絶し、あくまで契約解除の効果を主張し続けているのである。このような本件売買契約締結の経緯、代金支払期限徒過前後における原被告双方のとった態度のほか、本件売買契約の解除が認められるとすれば、被告は本件建物を収去して本件土地の明渡を余儀なくされ、かくてはその生活の本拠は崩壊し、被告にとって誠に重大な結果を招来するに至ることなど、諸般の事情を総合勘案すれば、いかに、無催告解除の特約があったとはいえ、原告が被告のなした期限徒過後の前記代金の提供に対しその受領を拒絶し、契約解除を主張するのは信義則上許されないものと解するのが相当であり、従って、本件契約解除の意思表示は無効といわなければならない。

四、そうすると、本件売買契約が有効に解除されたことを前提として、被告に対し本件建物を収去して本件土地の明渡と賃料相当の損害金の支払を求める原告の本訴請求は、いずれも失当であるからこれを棄却すべきものであり、一方、右売買契約の履行として、原告に対し本件土地につき所有権移転登記手続を求める被告の反訴請求は理由があるからこれを認容すべきものである。

よって、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松田延雄)

〈以下省略〉

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